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ヒューズ・高感。リレキ

ヒューズは適度に取り換えましょう。

親密な関係性を売ることに問題があるわけではない

 

p-shirokuma.hatenadiary.com

 親密な関係性を売りにしているアイドルがいるのは確かですが、親密な関係性を売ることに問題があるわけじゃないでしょう。

 どんなに親密な相手でも「拒否した行為はしない」というのが大前提です。

 だから、友人・恋人の関係を売っていたとしても、買った相手の要求に応じるかどうかは売った人間が決めていいのが当然です。他人でも友人・恋人でも、相手に提供したくないことは提供しなくていいのですから。

 友人・恋人だとしても、SNSの返信をしたくないときはしなくていいし、プレゼントがいらなければ返していいし、身体的接触がいやなら拒否していい。

 

 これが「SNSで丁寧に返信するサービス」「プレゼントを受け取ってお礼を言うサービス」「身体的接触を提供するサービス」だったら話は別ですが、人間関係を売っているならば要求は拒否して構わないはずです。

 

 問題は「友人・恋人という関係性なら、ここまでは応じるべきだ」と勝手に思い込んで、それを相手に押し付けていいと考えている側にあります。これは支配の萌芽なのですが、しかし、常識・倫理観というもので正当化してしまえます。

 恋人なら「プレゼントされたら喜ぶべき」「SNSでレスすべき」「親密な応対をすべき」「セックスすべき」という「べき」意識が根底にあります。

 

 「アイドルにプレゼントを送って、返されたから逆上して殺傷する」というのはクレイジーですが、自分の恋人にプレゼントを送ったけれど「いらない」と言われたときにどう対応するのかという話ならば現実味を帯びてきます。

 あるいは、子供にある分野の教育投資を沢山したにも関わらず、それとはまったく別の分野に進みたいと言われたときに、親としてどう対応するかなんてのも同じ話です。

 

 関係性の中に勝手にストーリーを作り、勝手に投資をし、そして狙ったリターンが得られなかったときに相手の意思を尊重できるか。

 相手の意思を尊重できないなら、結末は飛躍しますが、相手をめった刺しにすることと同じ地平です。対象がアイドルであろうと、友人・恋人・親子であろうと意思を尊重するという前提は覆せません。

 

 相手の意思を尊重したとしても納得できないことは当然あるでしょう。そうしたら、納得できないことだけを伝えて、あとは相手の対応を見ます。対応に変化がなかったら、自分が出来る範囲で我慢すればいいのです。我慢するのに「相手はアイドルだから」という理由付けはいりません。ただ他者だから我慢するのです。そして、我慢が出来なくなったら、相手から離れればいいだけです。

 そのために「これだけ投資したのに離れられるわけがない」と、コンコルド効果を感じてしまうほど投資しないように注意しておくのはいいでしょう。好意と行動にレバレッジを掛けてはいけません。リターンが想定通りじゃないとき、自分の感情のコントロールが面倒になります。

 

 友人や恋人は自分へ特別の便宜を図ってくれる人物ではありません。たとえば、友人は「自分だけに多大な時間を割いていくれる相手」ではないし、恋人は「自分だけを性的対象に見てくれる相手」ではないです。

 ようするに友人・恋人は「自分だけのもの」という考え方をなくさないと事件の小規模版みたいなのは常に起きるわけです。

 

 なら友人・恋人と他人の違いって何なのかというと、互いに唯一性をもって縛りあう関係ではなく、単純にお互いの需要と供給が他人より明確になって、しかもいい具合にマッチングしているというだけのことです。

 

 だから極端な話、アイドルを恋人だと思ってもいいわけです。ただし、SNSではレスがない。会話もしない。セックスもしない。ほかの異性とも仲良くする。そういう恋人だと思えばいいだけでしょう。

 納得できるかどうかは、本人の問題です。常識による裏打ちなんて必要ありません。自分の意思が大切です。

 アイドルの供給してくれるものが、自分の需要とマッチングしていて、相手に無理をしいらない関係性なら、本人がそう呼びたければ「恋人」と呼んでもいいのです。言葉には明確に意味を定める必要のあるものと、そうでないものがあります。

 もちろん、「○○っていうアイドルの恋人だ」と公言するのはやめたほうがいいだろうし、相手に伝えることもよくないでしょう。しかし、思うだけなら自由です。

 

 そんなの恋人じゃないと思うのもいいでしょうが、そういう考えが根底にあると恋人が出来たときに「こまめに連絡を取る」「前向きな会話をする」「セックスをする」「他の異性とは仲良くしない」みたいに、相手を「恋人とはかくあるべき」という枠へ放り込む場合があります。

 そして、相手が枠から逸脱した際に、何らかの方法で矯正しようとする可能性があります。そこで手段として暴力を使う人がいます。つまり、相手をコントロール・支配しようとするわけです。

 

 アイドルだろうと、シンガーソングライターだろうと、関係性を売っていようといまいと、犯人がアイドルオタクだろうと柔道家だろうと、今回の事件の原因はそういった「枠同士の関係性」にありません。アイドルが被害者だとメディア的に面白いから広く伝播しただけで、問題の本質は違います。

 問題は、どこにでもあるコントロールの構図です。なにかしらの力(腕力とは限りません)を使って、相手の意思を捻じ曲げてやろうという意識がもたらすものです。

 だから、見えないところに同様の被害者は沢山います。殺されこそしないものの、同じような仕組みで支配されている人はたくさんいるでしょう。

 そして支配者は自衛したところで、ただ御しやすいターゲットに流れていくか、自衛できない箇所を突いてくるだけです。

 

 他者を枠にハメない。

 他者を操作しようとしない。

 

 この二点の周知徹底がこのような事件の解決には一番の近道でしょう。

 

 友人、恋人、夫、妻、子供、親、アイドル、ファン。そういった言葉があり、そこへ人を放り込んで「かくあるべき姿」を押しつけ、枠から外れる人へ「正義の鉄槌」を下そうとする意識が人々の中にある限りは、それが社会的に歓待されるか否かといった尺度で語ることは出来ても、同様の事件を防ぐことは出来ないでしょう。

 

 もちろん、現状での個々人の対応策は、引用したブログが指摘するように相手がどのような関係性を求めているかに注視して自衛するということになってしまうのですが、本来ならば恋人でも友人でも、どんな関係性だとしても、相手が拒否したら尊重しなきゃならないという道徳が敷衍されなければいけないのです。