読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヒューズ・高感。リレキ

ヒューズは適度に取り換えましょう。

サプライズとゲインロス

 フラッシュモブでプロポーズ失敗っていう話は定期的に話題に上がるのですが、そもそもフラッシュモブってストリートパフォーマンスの一種なので、「特定個人に逃げられない状況で見せつけるってどうなのよ?」と思うものです。

 歩いてたらいきなり道をふさがれて、つきっきりでパントマイムなんか見せられて、終わったあとにどや顔されても困るでしょう。

 

 とくにフラッシュモブは、「集団」が「突然」にやるわけですから、ともすれば騒乱や暴動に近しい印象を与えます。

 なので最低限、部外者が「自分で巻き込まれるかどうかの選択権」をもてるという条件は守ってほしいものです。だからストリートパフォーマンスの範疇じゃないとあまりよろしくないんです。

 また対象が特定個人の場合、それ以外の人たちは演者か観客になるわけで、すると人によっては疎外感と衆目にさらされる恥ずかしさを感じるでしょうから、そういった点も無視してはいけないでしょう。

 

 関わる話でサプライズというのがありますが、これもまた批判が多いものです。それも当然で、サプライズされる側の意思は基本的に尊重されないからです。

 

 とはいっても、人同士のやり取りの全てが的確な意思疎通だけで、これから起こることはすべて予定調和だけというのも味気ない気がします

 たとえばふと「○○がほしい」なんて言ってたのを聞いてて、それをこっそり買ってくるようなサプライズは比較的好印象です。関係の積み重ねから導き出された正確性のあるサプライズなら、人生の潤いとしてありなんじゃないかなと思っています。

  

 しかしながら、サプライズが「なぜ用いられるのか」という心理を考えてみますと、サプライズがもつエンチャント力に頼っているわけですから、そのことを分かったうえで感動するなり喜ぶなりしておいたほうがよいと考えています。

 

 というのも、サプライズはいったん心を乱しておいてから好意的な行動をするわけですから、行動そのままの勝負ではなく、ある種の搦め手を使っているわけです。もちろん、見せ方を工夫するのは大切です。料理だって食器や店の雰囲気を、全く無視して作られていては、おいしいと感じにくいでしょう。しかしながら、「粉飾性がある」という意識の碇は常に必要です。

 

 心理学にはゲインロス効果というのがあって、いったんマイナスにしてからプラスの行為をすると相対的によりプラスになるという心理効果があります。

 たとえば誕生日に誰とも約束が取れず、しょぼくれて帰ってみると家ではサプライズパーティの用意がしてあった。なんてのは創作でよくあるはなしです。これはマイナス気分から大きくプラスに転じさせることで、感動をブーストしているわけです。

 

 ちょっとまえに話題になったナンパ術の「ネグ」なんかもそうですね。マイナスの気分にさせておいてプラスにしています。

 でも実際のところは、大してプラスではない言動だし、そもそも侮辱されてるのだからプラマイゼロかマイナスのはずなのに、なぜかゲインロスを使わないまともな言動より、よいと感じてしまう心理があるわけです。

 

 結果的にそうなってしまうのなら仕方ないでしょう。たとえば、まじめで硬そうな人が仲良くなってみると意外に愉快で独特な人だったみたいなのは、よくある話です。

 

 しかし、意図的にゲインロスを使う人はいるし、その場合は裏に相手をコントロールしてやろうという意識があったりします。さらに、無意識にそういった言動をする人もいます。そういう人たちの言動は印象よりもプラスではないのです。

 

 サプライズやマイナスだと思える行動を取られた後に、プラスに転じたとして、それが感動的であってもちょっと足を止めて、フラットに考えてみて「なにかおかしくないか?」と思い返すのは大切でしょう、

 もちろん、自分の行動が無意識にそうなっていないかを考える必要もあります。