ヒューズ・高感。リレキ

ヒューズは適度に取り換えましょう。

旧三級品タバコが値上げするんだってさ

 旧三級品タバコが値上げをするということを知りました。だいぶ前から決まっていたことなのですが、紙巻タバコを吸わなくなってから久しいのでアンテナ感度がゼロで今まで知りませんでした。タバコと全く縁がない人に説明しますと、今の紙巻タバコは大体450円前後なのですが、旧三級品タバコは250円ぐらいで買えます。

 なぜそんなに安いのかというと、普通の紙巻タバコは葉だけを刻んで紙に詰めて製品にしますが、旧三級品は茎までも入れるので総量的にコスト削減できます。またそれだけではなく、税率も特別で普通のタバコより少なめになっているので、普通のタバコの6割ぐらいの値段で買えるのです。もちろん、今までの増税はされていて、私がタバコを吸っていたときでは180円ぐらいで売ってました。そのとき、普通のタバコは300円ぐらいです。

 だいぶ安かったので、ニートをやってた頃はお金がなくてよく吸っていました。エコーとかゴールデンバットとか。あ、これらは銘柄です。

 

 ニートになる前は格好つけてジタンを吸ってました。ジタンはフランスのタバコで、映画『紅の豚』でポルコロッソが吸ってた銘柄です。普通のタバコより熟成の進んだ特殊な葉っぱを使ってるので、独特で強い香りがするのですが、それが他の喫煙者から「臭い」とよくバッシングを受けていました。だから喫煙所では無難なタバコ吸ってました。

 世間からバッシングを受ける喫煙者からもバッシングを受けるって酷い。ポルコみたいなカッコつけた豚野郎はダメだな、まったく。

 いやポルコはかっこいい豚野郎だからいいよ。フィオにもマダムにもモテてるしさ。でもあれ、ただの男の理想だよね。男っていうか、宮崎監督の理想。あんなくっさいタバコを吸いながら、くっさい台詞を吐きまくってる豚を好きになる女性っているかよ。でもポルコはちゃんと仕事をしてるし、結果も出してるのでクサくても許されるのだろう。有言実行。カラ松とは違うのです。から松は可愛いから許されるけど。 

 それでニートで金ないならタバコやめろよって話なんですけど、松野兄弟だってニートのくせしてギャンブルやってるクズだけど人生楽しそうだし、私もそんな感じで生きていました。私は楽しくはなかったけどね。タバコを吸って醤油をかけただけのパスタを食べて、たまに泣いてました。

 

 そんな涙の染み付いた思い出のタバコが来年の4月に130円近く値上げをするのです。 アナタはもう紙巻は吸わないので関係ないじゃんってお思いかと存じますが、いえいえそうじゃないんです。

 私の祖父が吸ってるんです。エコーって銘柄なんですけどね。私が物心ついたときから吸ってました。だから、紙巻タバコ=エコーって印象は強いです。

 でも世の中では、なんか貧乏くさくて惨めな、貧乏なときの代用タバコって扱いでした。だから私が吸ってた頃は周りに吸ってる人なんていませんでした。でも今では、結構吸ってる人が増えたみたいです。エコーに限らず、旧3級品タバコは、増税をされてから急激に人気が出ました。

 以前と同じタバコ代にしておきたい層がシフトしてきたみたいです。まあそれで喫煙者の負担増を見込んでた政府はあてが外れてしまって、それでやっぱり旧3級品の特別税率はやめようということになったのでしょう。

 意図はわかります。タバコっていう税枠に特別措置を作ってるのもおかしいと思います。道理は通ってます。

 

 でも道理ぐらいで、おじいちゃんとエコーの歴史は壊せねぇんですよ。壊しちゃいけないんです。いや別に増税ごときで壊れたりはしないけれどさ。

 

 あのですね。私の祖父はもう発売当初からエコーを吸っているわけです。もう50年近くですよ。

 むかし祖父と一緒に風呂屋に行きまして、休憩所で一緒にタバコを吸っていたら、「ヒューズは随分とハイカラなタバコ吸ってるんだな」と言われたことがあります。私は「吸ってみる?」と聞いたのですけど、「いや俺も昔、ハイカラなの吸ってみたんだけど、やっぱりこの味が好きなんだ」と答えたのです。

 分かりますか!値段じゃないんですよ。確かにエコーは安いタバコです。だから値段のこともあったんでしょう。けれど、それ以前にエコーが好きだから吸っていたんです。だから増税にうろたえて流されてきた軟弱な喫煙者とは一線を画すエコーの愛飲家なのですよ。もうね、年季が違うわけ。

 

 いやだから増税するなってのは自分でも気が狂ってると思うんですが、でもね130円ってそんな値上げしたら普通のタバコと変わらないじゃないですか。エコーの利点や個性が無くなってしまう。ただちょっと安いだけの不味いタバコになってしまいます。いや不味くはないか。あの味も個性だ。だから祖父は気にせず吸うでしょう。でも一般的にはタールがキツいし、雑味が強いので受け入れられない味です。

 

 政府が謳う健康増進って意義を果たすには均一な増税が正しいことなんでしょうけど、でも祖父は関係なく吸い続けると思うのです。増税はただ祖父の生きるコストが増すだけです。

 本音を言えば体のことも考えてやめてほしいけど、もう50年近く染み付いてきた右手のそれを奪うなんてことは私には出来ないのです。

 だからコストをあげようとする政府はやっぱりクソです。増税って老い先短い先達から金を取ることなんでしょうか。いや、ただの感情論で言いがかりなのは自分でもわかってます。

 

 怒ってはいないです。私はタバコ増税については、大して何も思ってないです。 水タバコや葉巻は吸うけれど、日常的じゃないので、当事者意識をさほど持てません。だから反対も賛成もないです。

  ただ、エコーのエコーらしさが消えるのが悔しいだけです。あの安くてきついのがエコーらしさなのです。

 

 高度経済成長期からバブルを抜け、平成不況となり今へ至った祖父の、その右手の指にはいつもエコーが挟まっていました。

 東北の田舎で農業を営み、冬は東京に出稼ぎに行き、そうやって子供3人を育てて、そのおまけに私のようなクズが生まれて、それはどうでもいいんですが、孫が生まれ、小さい子のためと遠慮して外で吸うようになり、でもその孫が成人して一緒にタバコを吸うようになりました。

 

 こんな人生はよくあるものでしょうが、しかし祖父以外には実現できなかったものです。そんな唯一無二の人生を歩んだ人のパートナーとも言えるタバコの個性が、世間の流れで仕方がないとは言え、無機質な形で削がれてしまうのはなんとなく悔しいのです。

 

 これから祖父は、祖母と二人で世間よりもずっとゆっくりとしたテンポで巡ってくるハレとケを味わいながら、閑寂だけど豊かな人生を送るでしょう。

 その生活に辿り着くことは私の理想ですが、そんな理想的な生活のちょっとした嗜好品でさえ、世間の流れからは自由になれないのだと思うと、少しだけ悲しいのです。